カンボジアの教育事情~大学に通える人たち~

シェムリアップでの遺跡探訪を終えて、バスで5時間揺られながら首都のプノンペンを訪れた。今回の第2の目的である、教育視察のためにである。
 
バスで向かう途中の風景は観光地であるシェムリアップのそれとは違って、縄文時代の高床式倉庫のような家が並んでいた。家を高い位置で建てているのは洪水対策のためらしいが、観光地で見た賑やかな街並みと違って庶民の雰囲気とでも言うべきか、これがカンボジアの水準なのだと感じた次第である。
 
早朝のバスだったので昼にはプノンペンに着き、ゲストハウスに荷物を置いてから自転車を借り、さっそく大学見学に出かけた。
シェムリアップではほぼ移動をバイクタクシー(バイクの後ろに人を乗せて運ぶ。以下バイタク)に頼っていたがプノンペンではもっぱら自転車で移動した。これが大成功だった。
自分でマップを見ながら現在地と目的とを確認し、進む。方向音痴のせいかときどき道を間違える。それでもプノンペンの街中をぐるぐると回るにつれ街の様子がとてもよく分かった。街を知りたかったら、やはり歩くか自転車がベストだ。
 
最初に訪れたのはカンボジア大学

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カンボジア次世代のリーダー養成を目指した、カンボジアの中でもトップクラスの大学である。
玄関から入るとすぐ正面に階段がある。そこの上るとすぐ左手にコンピュータ室だ。覗いてみると何人か学生が熱心にコンピュータに向かっている。何を熱心に調べているのだろう?そっと画面を覗き込むと、ん?あれ?Facebook?おっと失礼、お隣さんは?っと。あれ、またFacebook。なんとほとんどがFacebookをやっているではないか。
やはりカンボジアトップクラスといえどどこの国もパソコンがあれば皆やることは同じなのだ、と思っていた時、後ろから一人の男性に話しかけられた。
彼はこの学校の生徒であり、かつ学校全体を見回るスタッフでもあるらしい。ちょうどいいのでその彼に大学を案内してもらうことにした。
 
教室から図書館、体育館や日本で言うキャリアサポートセンターのようなところまであった。
図書館では先ほどとうって変わって学生らは本当に熱心に勉強している。
後で分かったのは、貧しいカンボジアの学生にとってスマートフォンはおろか自宅にパソコンがない家も多い。なので大学のパソコンを借りてFacebookをすることが楽しみの一つになっているとのこと。
 
ところでキャンパス内を見ていて思ったのは休みの期間に関わらず大学内に多くの学生がいることだ。やはり授業のない期間でも大学にどれだけ学生が残っているかというのはその大学のレベルを表していると言えよう。
スタッフ兼学生である彼が自分の仲間を紹介してくれるというので付いて行った。案内された部屋には6~7名の学生がいて、何やらディスカッションをしていた。彼らもまた学生でありながらこの学校のスタッフであったのだ。なぜ学生なのにもかかわらず学校の業務にも関わっているのかを尋ねると、そもそも教師の給料が低いために教師は生徒に指導する他にも塾をやってたり中には夜はバイクタの兄ちゃんに変身してお金を稼いだりと、教師以外の仕事をしているために学校業務に関わる時間がないのだという。
 
ここで教師の話をもう少し付言すると、先ほど述べたように教師の給料は低いので多くの教師が授業後に塾を開いてお金を稼ぐそうだ。
たとえば正規の授業が9時~12時までだった場合、まったく同じ教室で同じ生徒に塾と称し13時から授業を始めたりする。さらに教師がプリントや資料を配布する際には生徒からお金を取るのである。もう何にでも金、金、金である。
生徒のほうも教師が教えてくれないと困るのでしぶしぶお金を払うしかない。
 
話をもとに戻すと、ディスカッションしていた彼らが私を見るや否やディスカッションを中止し一人ひとり自己紹介をしてくれた。もちろん英語で。
 
私がカンボジア大学を訪れて驚いたのが学生らの英語力である。その辺にいるコテコテの英語や無理やりの英語ではなく、彼らの英語はとても自然で、話し方にも知性を感じる。
あまり時間がなかったので最後に私が彼ら一人一人に将来の夢、卒業後に望む進路を聞いてみた。半数以上が銀行員で、残りはまだ決まっていないという回答が返ってきた。
カンボジアでも銀行員の給料は良いらしい。
 
逆になりたくない職業を聞くと、その中に「教師」が挙がった。これはこれから教育の発展を考える上では良くない兆候ではないか。教育大国で知られるフィンランドでは憧れの職業に教師が上位ランクインするのだが、カンボジアではまさにその逆路を辿っている。短い時間であったが彼らと連絡先(facebook)を交換して別れ、続いての目的地である王位プノンペン大学に向かった。自転車でおよそ20分。気づけば私の腕は真っ赤になるくらいのピーカン照り。
 
周りを見るとさすが首都プノンペン
 
シェムリアップと違って技術大学やそのほかインターナショナルスクールがいくつもある。
徐々に教育も復興されつつあるのだなあと感じつつプノンペン大学到着。さすが王位と付いてるだけあって外観は立派で綺麗。
 

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そしていざ入ろうとすると門の前に警備員がいて引きとめられた。警備員が私に「Are you student?」と訪ねてきたので、「Year! I’m student」と答え難なく中に入れた。私は何も間違っていない。

 
中に入ると、これはまた多くの学生がいた。蹴鞠を楽しむ学生、勉強会をやっている学生など様々な学生がいたがやはり勉強している学生が目立つ。当然ここも今は休暇中だ。
 
カンボジアにはいくつかの総合大学があるが、「ノートン大学は電気に強い」といったような各大学の特色というのがある。プノンペン大学はとりわけ語学に強い大学らしい。
ここでは普通の社会系の学部に加え、日本語学科や英語、中国語学科などの語学系もある。
私はこのプノンペン大学の日本語学科を卒業し、プノンペン大学に併設されている日本語語学学校で教師をしている男性と会って話をした。
ここでもいくつか興味深い話を聞くことができた。 
 
カンボジアの教育制度についてだが、ほとんど日本と等しく初等教育6年中等3年高等教育3年大学4年生である。
しかしカンボジアの子供たちは大学はおろか、初等教育さえ受けれずに仕事をせざるを得ない子供たちが多い。高校進学率はおよそ10%ほどで大学進学となっては正確ではないものの7~8%ほどであると聞いた。
特に女子学生の大学進学率は5%未満であり、あまりにも少ないという。
さらに他国への留学に至っては、海外へ行くという習慣が無い国なので渡航には親戚一族が訪れるほど一大事件であるという。
そう考えると、私が昨年の冬にアジア留学生政策提案プロジェクトに参加した際に出会った2名のカンボジア人の韓国留学生は凄まじく金持ちであることが分かる。 
 
ところでカンボジアの大学の学費はと言うと、これはこれはすこぶる安い。多くの大学がセメスター制をとっており、カンボジア大学では1学期に約160$。つまり1年間で320$(1$80円計算で約25600円)ほどである。王位プノンペン大学では年間約480$(約38400円)である。これでも現地の学生にとっては大金であって、良い成績を収めて奨学金を得ようとする学生は多い。
なお、奨学金の返済は一切ないとのこと。
さらに大学ではお金さえ払えれば入学試験がないといった大学も多い。こういった学費の安さからカンボジアに留学に来る学生も最近では増えており、英語のみの授業を聴講したり、それに加えクメール語を学ぶ学生もいる。 
日本人が留学しているという話は聞かなかったが、私はそういった選択肢も全然ありだと思った。
 
日本にもJICAやNGOなどの国際協力の分野に関心があって、将来国際協力を仕事にしていきたいと考える学生は増えている。
そういった際に必要なスキルとしてやはり英語力が挙げられると同時に、加えて貢献したい国の現地での生活スキルが求められる。その際に国内の大学を出た後に安い学費で貢献したい国のトップの大学を卒業するという選択肢。
現地での最高の教育が受けられると同時に空いた時間に現地での活動も行えるし生活に馴染むこともできる。こういった道を選択する人が今後増えていくのではないかと予想する。さらに近隣諸国、かなり発展し物価も日本に近くなってきたタイや、早いうちから研究の対象となってきたベトナムと比較するとカンボジアはまだ本当に発展の途上であり、投入の余地が大きい国であると思う。 
ちなみに、カンボジアで給料の高い職業は何か。やはり公務員などが挙げられるが他に意外だったのはNGO職員である。なぜならNGOは(もちろんその団体の規模にもよるが)世界中からの援助が集まるため、給与も他の職業と比べるとはるかに良いらしい。
 
二つの大学を訪れ、短い時間ではあるが大学生らと交流する中で感じたことは、彼らはより良い社会と国を造ろうと、未来をしっかりと見ているという印象である。ポルポト政権下の中で国が確かに教育に大きな損傷を被ることになったことは事実だが、その苦しみの後に生まれてきた彼らはもちろん過去の歴史に学ぶことはしても、それを引きずろうとする姿はなかった。
 
「この貧国カンボジアでは限られた者しか大学へ行けない」という自覚を持ちながら勉学に励む姿は、我々にとっても学ばされる内容である。
 
 
人は生まれながらにして<不平等>である。これが私がカンボジアで感じ取った内容である。
福沢諭吉がかつて「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と語った。確かにその通りであると思う。しかし、カンボジアの現状をみると、その言葉があまりに崇高的に感じられ、非現実的な言葉に感じられた。
 
プノンペンの街を自転車で滑走しながら様々な人を見た。手足がない人、顔が半分以上ない人、薄汚れた格好で子供を抱きかかえながら物を乞う女性。どの人もみんなそれを自らが選らんだわけではない。もっと言えば、それは生まれながらにして与えられた環境でもある。
 
一生懸命仕事をしても月に100$しか得られないような現状。そういった仕事にも就けず自らの体を売る女性、或いは親に売られて愛のかけらもない男性と寝なければならない少女。そしてわずか20日ほどのアルバイトで貯めたお金で海を越えられる私。一体この差はなんなのだろうか。
 
考えれば考えるほど、この差が分からない。自分で選んだわけでもない、与えられた環境、曲言すれば押しつけられた環境の差。こういったことを考えていると帰りのバスの中で久しぶりに涙が溢れてきた。
 
ノーブレス・オブリュージュという言葉がある。フランス語で「高貴なる義務」等と訳せる。フランスでは[財産・地位・権力の持った、いわゆる貴族にはそれに応じて果たさねばならない責任と義務がある]という考え方のことである。
最初はこの言葉を高飛車で傲慢極まりなく感じていたが、社会の不平等性、付言すれば、生まれながらにして決まっている選択余地のない構造的不平等性を感じた時、この言葉の持つ本当の意味が分かったような気がする。
 
1$を得るのに精いっぱいで物を乞わなければ生きていけない人もいれば、それほどの苦労なく海を渡れる日本人もいる。
このような人々に対して日本人は少なからず、いや私から言わせれば多分なる使命と義務を負っていると思う。彼らが明日を生きれるかどうか分からないような社会で生きていることを自ら選択したわけではないように、私たちもまた(相対的に見れば)恵まれた環境の享受は選択した結果ではない。
少なくとも私たちは他の国について知ることができるし、少し頑張ればその国に行くことができるし、関心を寄せるこができる。そういった私たちが、そんなことすら許されない人たちに想いを寄せることもせず、関心を抱くこともせず、何もしなかったなら、一体どうして世の中は良くなるというのか。
 
ノーブレス・オブリュージュ
 
この精神は日本人にこそ持てる、持つべき精神ではなかろうか。
 
一瞬で社会や世界を変えることはできない。雑多な毎日に追われていても、少しだけ他の人に、他の国に想いを寄せる余裕があって、そこにコミットする少しの勇気があれば、少しずつ社会は良くなっていく。
 
偉そうに述べてはいるが、私自身も今すぐにカンボジアや貧しい国に何かできるかと言われたらYESと言えない。しかし見てきた事実を決して忘れずに、関心を持つ続けることが大切だとは思っている。そして今自分にできることをやりたい。
 
カンボジアの大学に通う学生が一生懸命学んでいたように、私自身も学べる環境に感謝して沢山学んでいきたいと思う。
遠くなくても身近な人に想いを寄せられるようにはなりたいと思う。そしてまた、いろんな国に行ってみたい。そこでただ楽しみを得るのではなく、何かを学び、感じ取れるそんな旅がしたい。