ユダヤの歴史をプラハから

プラハのユダヤ人地区

前回の記事ではプラハ城について書きましたが、続いて旧市街地のやや北西にあるユダヤ人地区を訪れました。この地区にはキリスト教で言えばいわゆる礼拝堂・教会であるシナゴーグが沢山存在します。

キリスト教からの迫害など、苦難な歴史を歩んだユダヤ人でしたが、19世紀までこのユダヤ人地区に隔離されながらひっそりと住んでいました。この地域はヨゾフォと呼ばれる別名もあります。もともとプラハという場所自体は比較的ユダヤ人に対して寛容な場所で、ここに多くのユダヤ人商人たちが移動し、生活し始めました。19世紀半ばにこの地域がプラハ市の一つとして認められ、ヨゼフ2世によって多くの権利をユダヤ人に認めたためこうした別名がついたと言われています。

ヨーロッパ最古のシナゴーグ

いくつかのシナゴーグうち、今回は1270年に建てられたヨーロッパ最古の旧新シナゴーグピンカシシナゴークを訪問しました。

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ゴシック建築の旧新シナゴーグはの屋根はギザギザの珍しい形をしています。

プラハで2番目に古いピンカスシナゴーグ

ピンカスシナゴーグはプラハで2番目に古いシナゴーグです。そのまま旧ユダヤ人墓地へと繋がっています。この墓地への埋葬は1787年以降廃止されていますが、墓地には1万2000墓の墓石があるといいます。これよりさらに進むともっと墓石の数が増え、お互いに支え合い、重なり合う光景がありました。歴史的に多くの迫害を受けてきたユダヤ人ですが、特にナチス・ドイツの占領下ではこの地域に各国からのユダヤ人が集められ、そのまま強制収容所へと送られていきました。

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ユダヤ人の休日は土曜日

ちなみに土曜日はユダヤの休日でほとんどのユダヤ地区での見学が制限されます。

見学の際にはご注意を。