1日で制覇するベルリンの街②~ツオー駅周辺~

ドイツ連邦議会議事堂(Reichstag,Deutscher Bundestag)

前半にベルリンの壁の東側を見学し終え、今度はベルリンの壁の西側へと向かいます。

フンボルト大学を通り過ぎてシュプレー川(Spree)沿いに西へ進むと有名なドイツ連邦議会議事堂(Reichstag,Deutscher Bundestag)が見えてきます。

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ドイツ帝国が建国された際に建てられた議事堂です。元々の建物は第2次世界大戦で破壊されましたが、1999年に補修されました。建物内への見学は無料ですが見学には予約が必要です。僕は今回は行けなかったのですが、屋上にはガラス状のドームが取り付けられており、誰でも入ることができます。

ベルリンの大人気スポット、ブランデンブルク門(Brandenbruger Tor)

議事堂から10分ほど歩くとベルリンの大人気スポット、ブランデンブルク門(Brandenbruger Tor)が見えてきます。かつては分断ドイツの象徴として、現在は統一ドイツの象徴として壮大にそびえ立っています。多くの観光客が砂岩でできたその美しい門に魅了されています。

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上の方には4頭の馬に引かせた馬車が見えますが、これはクアドリガと呼ばれ1793年に平和の象徴として設計されました。しかし1806年にフランスに敗れた際にナポレオンによってこのクアドリガが持ち去られてしまいます。その後1814年に取り返され、こうして再びブランデンブルク門に戻ってきました。

 Sonyなのになぜか韓国表記!?

続いて向かったのはポツダム広場にあるソニーセンターです。

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ドイツ統一後に廃れていたポツダム広場周辺の開発の起爆剤として建てられた、オフィス、住宅、カフェ、レストラン、ショップなど様々な施設が入り混じった複合商業施設です。ドーム型のデザインもユニークですが、夜になってライトアップされるとさらにお洒落になるそうです。

ソニーと名前が付くのだから当然日本のSONYが連想されます。そう、ここはもともとSONYのヨーロッパと拠点としても注目された場所で、ソニーなどの企業の出資により2000年に完成した新しい施設なのです。しかし現地で非常に不思議だったのがこの案内板。

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日本語ならまだしも、なぜ韓国語?おいおいソニーだよ?ということで疑問を解消すべく施設内のショップ店員や通りすがりの人に「なぜあそこに韓国語なの?」としつこく聞いてみましたが誰もわかってない様子でした。(絶対おかしな人だと思われたw)

しかし世の中にはグーグルという便利な先生がいらっしゃるので結局ググってみました。その結果、2010年委韓国の国民年金が720億円で買収したことが分かってスッキリ。ちなみにソニーは2008年にモルガン・スタンレーファンドに全株を売却していたみたいですね。なので韓国の国民年金はモルガン・スタンレーファンドから施設を買収したということになります。

ロマネスク様式が美しいカイザー・ヴィルヘルム記念教会

続いて訪れた場所はポツダム広場よりさらに西側に位置するカイザー・ヴィルヘルム記念教会(Kaiser-Wilheim Gedachtnis -irche)です。

分裂していたドイツを統一させたドイツ皇帝ヴィルヘルム1世によって1895年に建設されたロマネスク様式の教会です。建物のてっぺんが欠けているのがこの教会の特徴でもありますが、これは第2次大戦中に砲撃を受けてこのような姿になったのでした。傷ついた部分を修復せずにそのままの形を残しているのは後世に戦争の悲惨さを伝えるためだと言われています。廃墟となったカイザー・ヴィルヘルム教会の隣には現代的な教会が新しく建てられています。

ベルリンと言えばここだけは避けて通れない!ベルリンの壁

ベルリン観光最後に訪れた場所はベルリンの壁です。

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この場所を除いてはベルリンを語れません。

1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、ベルリンは歓喜と感動に包まれました。東西の境界線はまさに、戦争と平和の境界線なのかもしれません。わずか26年前の出来事ですが、分断を余儀なくされた当事者にとっては長い長い26年間だったに違いありません。すべての人が平和を望みながらも、なぜ人間は争い合うのでしょうか。今学んでいる開発学も、決して争いや戦争と無関係ではありません。むしろ戦争や争いがその原因になっています。開発課題に立ち向かう中で、新たな開発課題を生み出す危険性があることを決して忘れてはいけないと、ベルリンの壁によって教えられた気がします。

あっという間の1日弾丸旅行でしたが、見るべきところは見れたので満足です。

いつかまた訪れる日が来るのでしょうか。