南インド、ケララ州のにある特別支援学校(聾学校)に行ってきた

統計から外れる人々

インドのケララ州は教育と医療がとても発展している地域で、識字率が70%台の東インドと比べ、90%以上という高い識字率を誇る州です。しかしながら、インドに限らずこうした数字の中には障がいのある人々が外れている場合が多いという現状があります。実際、州や地域によってはどれぐらいの人が障がいを抱えているか、あるいはどのような障がいを抱えているかを把握できていないケースがあるそうです。

しかし障がいを抱えていても質の高い教育を受ける権利は当然あるはずです。貧困家庭の障がい学生には奨学金、学生ローン、補助金などの経済的支援が必要ですし、必要に応じて特殊教育を提供していく必要があるでしょう。

こうした中で南インドのケララ州で特別ニーズが必要な方たち、特に耳が聞こえなかったり話がうまくできない人を対象にした特別支援学校(聾学校)があることを発見し、どのような教育を提供しているのか視察しに行ってきました。

National Institute of Speech & Hearing(NISH)

National Institute of Speech & Hearing(以下NISH)はケララ州で最も大きな特別支援学校の一つで、主に聴覚と発話に困難を抱えた人々を対象にしている学校です。

www.nish.ac.in

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1997年に開校されて以来、20年の歴史がある学校です。

建物は大きく二つに分かれます。一つ目の建物では高校を卒業した18~22歳くらいまでの人々が学士や修士などを取得できるアカデミックコースが提供されています。セラピストや手話の通訳者を目指す一般の学生や、聴覚障がいを抱えた学生を対象にした学士習得コースがあります。

もう一つの建物では主に就学前児童を対象にした学習トレーニング、そしてクリニックやセラピーが受けられる施設が併設されています。

高等教育コースではおよそ300名の生徒が在籍しており、就学前教育コースでは100名強の子どもたちが在籍しているそうです。また、学校全体では作業療法士、言語聴覚療法士、カウンセラー、図書館司書を含む100名以上のスタッフが働いています。

University of Keralaから卒業証書が発行されるアカデミックコース

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高等教育のコースではさらに職業訓練コース(Diploma)、学士習得(BA,BSc)、修士習得(MA)コースに分かれています。

職業訓練コース(Diploma)

職業訓練コースはサインランゲージ通訳者養成コースと幼児特殊教育(聴覚障害)指導員の二つに分かれます。

インドという国は地域によっていくつもの言語に分かれているため、地域言語に依存しない共通の手話が必要です。そこでIndian Sign Language Research and Training Centre (ISLRTC)によってIndian Sign Language (インド式手話)が開発されることによって、インド全国で手話による共通のコミュニケーションを可能にしています。サインランゲージ通訳者養成コースではこうしたインド式手話を教える先生や通訳者を養成する目的があります。

一方、幼児特殊教育(聴覚障害)指導員ではその文字通り聴覚障害を抱えた就学前の子供たちの学習トレーニングを施す指導員を養成する目的があります。

学士習得(BA)

学士習得コースでは主に聴覚障害を抱えた学生たちが①コンピュータ・サイエンス、②ファインアート、③商学の3つの専門分野から学ぶことができます。高校を卒業した学生が対象ですが、学生の中には障がいによって学習困難に直面し、満足な英語力や数学力を備えていない場合が多くあります。そのためプログラムは4年間ですが最初の1~2年は英語や数学またはコミュニケーションスキルなど基礎的な能力を高め、3~4年から専門分野の学習およびインターンシップを受けるというカリキュラムになっています。

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写真はファインアートを専攻している学生たちの作品です。コンピュータ・サイエンスを卒業した学生の中にはインド最大手のIT企業であるTCS(タタ・コンサルタンシー・サービシズ)に就職する学生もいます。彼らは業務におけるコミュニケーションの課題を解決するために、相手の音声が自動翻訳されてメッセージとして送られるアプリなど用いながら仕事しています。学費は年間12000ルピー(およそ2万2千円程度)だそうです。

 

また一般の学生を対象にした聴覚学および音声言語病理学(Bachelor of Audiology & Speech Language Pathology (BASLP))の学士コースも開設されています。こちらは卒業後に病院、特別支援学校、政府機関やNGOなどで聴覚や発話障がいを抱えた人々のために働けるよう、聴覚学や音声言語病理学の基礎を学びます。こちらの学費は年間17000ルピーほどかかるようです。

修士習得(MA)コース

聴覚学および音声言語病理学の修士コース(Master of Audiology & Speech Language Pathology (MASLP))では学士で学んだ聴覚楽屋音声言語病理学を言語学や統計学と融合させ、実践演習を通してより一層深めていくコースです。

NISHのコースで学んだ学生はUniversity of Keralaから学士号、修士号が授与されます。

プレスクールとクリニック

もう一つの建物では、就学前の子供を対象にした学習トレーニングや言語トレーニングやセラピーが受けられるクリニックがあります。

プレスクールプログラム

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プレスクールプログラムでは3歳~6歳までの未就学児を対象に、聴覚や発話に問題を抱える子どもに会話のトレーニングを提供しています。費用は1か月で500ルピー(およそ800円)かかります。スタッフの方の話では、たとえこの時期にうまく話すことができない子どもでもしっかりと訓練を受けることで程度の差こそあれほとんどの子どもが話せるようになるそうです。私が訪れた時も英語の会話トレーニングを行っている5歳の女の子がいました。難聴を抱える彼女は2歳半でこの学校にやってきて地道に話す訓練を続け、今では少しつたないですが話すことができるようになりました。

クリニックとして

この建物ではプレスクールプログラムに加えて、診察、セラピストによるセラピー、人工内耳(cochlear implant)の提供などが行われています。人工内耳は通常だと安いもので13,000ルピー(20000円ほど)しますが、NISHで購入すると20%ほど安くなり、10,000ルピー(15000円ほど)で購入できる製品もあるようです。下の写真は施設で提供している人工内耳で右の写真が少し古い型、左の写真が最新の人工内耳です。

またこの施設では耳に違和感や問題が発生した場合の診察やカウンセリングなども提供しています。

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今後は目の不自由な人も対象に

NISHでは聴覚や発話に障がいを抱える人々を対象に様々なアカデミックやプレスクールなど様々なプログラムや医療を提供しています。これらの費用はそれぞれの経済状況や家庭環境を考慮し、全額、半額、最少額、無料と4つの支払い区分に分類されます。また、今後盲人の方など視覚に障がいを抱える方々を受け入れていくように準備している途上だそうです。

インドでは最近になってお金よりも社会課題を解決する仕事に従事したいと考えるソーシャルワーカーが増えてきています。今回の訪問ではジスという20代後半の青年が案内をしてくれました。彼は大学でエンジニアリングを学んだあと、2年前からこの学校のコーディネーターとして働き始めたそうです。今ではインド式手話も話せるようになり、私にNISHやインドの障がい者に関わる様々な話をしてくれました。突然の連絡に関わらず、快く案内してくれた彼に感謝です。