英国留学時代に学んだ劣等感を克服する2つの方法

人間誰しもが抱くとも言われている劣等感。

劣等感ゆえに自信を無くし、うまく人付き合いができなくなった経験がある人、あるいは現在も何かしらのコンプレックスを抱いて苦しんでいる人もいることでしょう。

今回は私自身が経験した劣等感と、それをどのように克服したかについて、ご紹介したいと思います。 

1. 貧しく、英語ができず・・イギリスで抱いた強烈な劣等感

まず、最初に私自身が抱いていた劣等感の話を紹介します。

私は大学学部時代が終わり、そのままイギリスの名門、ロンドン大学大学院に進学しました。ロンドン大学の合格は私にとっては大きな自信となったと同時に、実力に見合っていない合格であると感じていたのでうまくやっていけるのかという不安がありました。そして、いよいよ渡英し、ロンドンでの留学生活を迎えます。

期待と憧れを抱いていた留学生活でしたが、私は早速コンプレックスを抱き始めます。

まず最初に抱いた劣等感は、貧しさでした。

私は日本では平均的な家庭でしたが、ロンドンへ行くときには貯金もなく、奨学金を借りて行くこととなりました。それでも、何とかなる、と当初は自信と意気込みを持っていました。ところが私がロンドン大学に通う中で多くの学生と接しているうちに、だんだんと自分と彼らの間にある経済格差を見たような気がして劣等感を抱くようになります。大学院に来ている留学生はその多くが非常に裕福な家庭が多かったのです。アフリカやインドなど、途上国といわれる国から来ている人でさえ、将来国の要人となることが期待されているエリート層ですので、十分な奨学金と資金を持って留学しに来ています。ロンドンでは日本人留学生が一番貧しいのではないか、とも思えるほど他国から来る留学生は裕福な人が多かったように思います。

楽しいはずの留学生活でしたが、私は貯金もまともになかったため、常にお金の心配をする必要がありました。ホームレスに配給される食事を食べたり、知人の家の地下に格安で住んだり、アルバイトをしたり、毎日安い食材で自炊したりと、学業以外のところで神経を使うことが多くありました。その横で学生寮に住み、美味しいレストランに気兼ねなく入ってアフタヌーンティーまでする他の学生がとても羨ましく思えました。

何しにイギリスに来たのだろう・・?そんな思いを抱く日々が続きました。

もう一つの劣等感は英語力です。

入学は認められたものの、英語力の低い私は授業の中で思うように発言できず、また、発言の際はとんちんかんなことを言わないようにと緊張していました。ネイティブスピーカーはさておき、中国や他国から来た留学生の英語力は高く、彼らには余裕がありました。小さい時から質の高い教育を受けてきたのだろうなと感じさせられるのでした。私はある意味で下克上のような立場でこの場にいるので、英語力や教養に乏しく、彼らとの差に劣等感を抱くようになりました。

こうして自分の能力と、経済的な貧しさから、"私はここにいるべきではない"という結論に至りました。日本に帰ろう。もう少しお金を貯めて、もう少し英語力をつけて、また挑戦しよう。そう本気で考えていました。

そしてそのことを相談するために、当時受講していた授業の教授に会いに行きました。

2. 私を救った教授の一言

私はこれまでのこと、これからのことを教授に相談しました。端的に言って、今自分はここにいるべきではないと。もう少し日本で修行して出直してこようと。そう伝えました。そう伝えると、教授は笑いながら、それでも真剣に、私にこう話してくれました。

あなたはここにいる必要がある。あなたはあなたにできることだけやればいい

しかし、英語もできない、自慢できるようなキャリアもない。そんな私がどのように貢献できるというのか。そう教授に食ってかかると、教授は

ここであなたに求めているのは流ちょうな英語を話してもらうことではない。あなたは日本から来た、日本人という立場で、あなたの経験をシェアしてほしい。日本の教育を受け、経験してきたあなただけの物語を共有すること。それがあなたに求められていることだし、あなたが貢献できることであり、あなたがここにいる理由です。だから、英語力で勝負しようと思わなくていい。あなたにできることだけやりなさい

この言葉は、私にとって今でも強烈に響いています。

周りの学生と比較し、自分の不足さを痛感し、劣等感を抱いていた私はこの言葉にどれだけ救われたでしょうか。それ以来、授業で発言することがとても楽になりました。自分が経験してきたストーリーをシェアする。そのために自分はいるのだと考えると、肩の力が抜けたのです。

ちなみにこの授業で僕は"C"を取りました笑。"D"で落第なので、あんなに良いこと言っておいてCをくれるのかよ!って思いましたが笑、そこの評価はある意味公正でした。

3. 自分だけの目標を持ち、自分の才能を活かすことを目標にする

 さて、教授の一言は私の劣等感を克服するために大きなヒントを与えてくれました。

ところで、聖書にこういう物語があります。

天の御国は、しもべたちを呼んで、自分の財産を預け、旅に出て行く人のようです。
彼は、おのおのその能力に応じて、ひとりには五タラント、ひとりには二タラント、もうひとりには一タラントを渡し、それから旅に出かけた。
五タラント預かった者は、すぐに行って、それで商売をして、さらに五タラントもうけた。同様に、二タラント預かった者も、さらに二タラントもうけた。ところが、一タラント預かった者は、出て行くと、地を掘って、その主人の金を隠した。(マタイ25:14~29)

五タラント預かった人はそれを十タラントに増やし、また二タラント預かった人はそれを四タラントに増やします。こうしてタラントを増やしたことを天の御国に報告すると、主人は

よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。(マタイ25:21)

と喜ばれます。

ところが一タラントしか預けてもらえなかった人は、主人に対しこう言います。

ご主人さま。あなたは、蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めるひどい方だとわかっていました。
私はこわくなり、出て行って、あなたの一タラントを地の中に隠しておきました。さあどうぞ、これがあなたの物です。(マタイ25:25)

この言葉を聞いた主人は

『悪いなまけ者のしもべだ。私が蒔かない所から刈り取り、散らさない所から集めることを知っていたというのか。だったら、おまえはその私の金を、銀行に預けておくべきだった。そうすれば私は帰って来たときに、利息がついて返してもらえたのだ。だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。』(マタイ25:26)

だれでも持っている者は、与えられて豊かになり、持たない者は持っているものまでも取り上げられるのです。(マタイ25:29)

この"タラント"というのは、現在の英語でタレント(才能)の語源になっていると言われています。つまり、主人はそれぞれに才能を与えましたが、その才能を活かして成果を出した者もいれば、自分はこれだけしか与えられていないと不満を抱き、自分に与えられたタレント(才能)を活かし、伸ばそうとしなかった者もいるのです。

ここにも、劣等感を克服するヒントがあります。

つまり、私たちはそれぞれ与えられている才能、環境が異なるということです。それを横の人と比較しても、劣等感を抱くことにしかなりません。ですが、自分に与えられた才能、特性、強みは何なのか探し、与えられたものに感謝し、その才能を伸ばすことで劣等感を克服することができるようになります。他の誰でもない、自分だけの目標を持つことで、周囲と比較して優劣をつける必要がなくなるのです。

4. 目標志向ではなく、目的志向になる

劣等感を解消する2つ目の方法は、目標志向ではなく、目的志向になることです。私たちは日々多くの目標を立てます。資格試験の取得、仕事の実績向上、学校の成績向上などなどです。もちろん、自ら立てた目標に対しては達成する努力を怠らない前提として、それでも大事なことは目標志向よりも目的志向ではないかと思うのです。

目的志向とは、「何のためにそれをやるのか」「何のための目標なのか」「それを達成した後にどのような結果を望むのか」を意識することです。

私の場合で言えば、留学時代に、何度も目の前の課題や英語力不足に押し潰されそうになりました。しかし、その度に「何のために留学しに来たのか」を自問しました。

「何のための留学なのか」→「国際協力のプロになるため」→「途上国の課題を解決するため」→「究極的にはすべての人が幸せな社会を築くため」 

こうした目的の隙間に、[国際協力のプロになるためにはPh.D.が必要かもしれない]-[そのためには高い成績や英語力が必要だ]という細かい目標が見えてきます。しかし、最初からこの細かい目標ばかりに目を向けてしまうと、すぐに結果が出なかった場合に、焦りと落胆、自己嫌悪に陥ってしまう恐れが出てきます。

また、「国際協力のプロになるため」という同じ目標を持っている人も沢山いるでしょう。しかしこうした目標だけを見つめ、何のためにそうしたいのかという目的を忘れてしまえば、同じ目標を持った人が良い学校に入り、良い成績を修め、良い会社に就職すれば自分と比較して劣等感を抱いてしまいます。 

ですが、「究極的にはすべての人が幸せな社会を築く」という目的を思い出せば、結果を出している人から学び、その人は仲間であるという意識に変えることができます。

5. 劣等感解消法まとめ

以上見てきたように、私が英国留学時代に学んだ劣等感を解消する2つの方法は、

①自分だけの目標、自分の才能を活かすことを目標にする

②目標志向ではなく、目的志向になる

というものです。

ところで、日本では多くの人が劣等感を英語で"コンプレックス"と同義だと考えているようです。心理学者のアドラーは劣等コンプレックス劣等感に区別しています。

劣等コンプレックスは劣等感がありながらも、その劣等感を解消するために何かの行動をしていない状態であり、劣等感を抱いたまま、色々な言い訳や正当化をして、あきらめてしまうことを言います。

一方、劣等感は自分が人より劣っていると感じてネガティブになっている状態であるものの、劣等感はパワーの源になり、劣等感そのものはいいものだと、アドラーは考えているのです。

人間であれば、誰しも劣等感を抱くことはあるでしょう。

しかし、そこを克服したところに、大きな成長があるのだと思います。