犠牲者にとって悲劇に意味を見出すことに意味があるのだろうか-キガリ虐殺記念館 -

涙の博物館 

ルワンダの首都キガリにあるキガリ虐殺記念館を訪問した。 

ルワンダにはジェノサイドに関する博物館はいくつもあるが、キガリにある博物館は資料も多く、世界大戦後からのルワンダの歴史を学ぶことができる。

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博物館は多くがルワンダ人だったが、近隣諸国のケニアやタンザニア、さらには欧米やアジアなど様々な国から訪問客が訪れていた。

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私はこれまで世界の様々な戦争博物館や虐殺記念館を訪れてきたが、こういった博物館では重い雰囲気の中で気分を悪くする訪問者もいた。しかし、博物館の中で多くの人が泣き崩れるのを見たのは初めてだった。

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キガリ虐殺記念館では「Peace Room」という部屋があり、館内を閲覧中に気分が優れなくなった場合に休める部屋が用意されている。私が訪れたときは何人も人がこの部屋を訪れ、沸き起こる感情を抑えようとしていた。

博物館には虐殺の歴史やその背景の説明が記述されている。ベルギー統治時代や、ユダヤ人ホロコーストとの比較などのセクションもあった。こうした記述には虐殺が起きた事実を残すことと、なぜこうした虐殺が起きたのかを説明し二度と同じ過ちを起こさないようにする目的があるのだと思う。

私のような第3者の外国人はこうした説明書きを読みながら当時の状況や背景を"理解"しようと努める。しかし、実際にジェノサイドを経験した当事者にとっては、そこにある資料は理解のためのものではなく、彼らの記憶そのものとなる。当事者にとって、悲劇に意味を見出すことに意味があるのだろうかと考えてしまう。なぜならどんな意味を見出したとしても、そこにある事実は変わらないのだから。

どこまでも当事者にはなれないことを痛感しながらも、またいつか同じ過ちを繰り返してしまわぬよう、"理解"することをやめてはいけないのだと自分に言い聞かせた。

映画『ホテル・ルワンダ』の舞台となったオテル・デ・ミル・コリン

虐殺博物館を訪問した後、その足でミル・コリンホテル(Hôtel des mille collines)に向かった。ミル・コリンホテルは知る人ぞ知る、あの『ホテル・ルワンダ』に出てくるホテルだ。

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ここは虐殺が起きた当時、虐殺に追われた1200名以上の難民がホテルマンのポール・ルセサバギナによって匿われ、多くの命が救われた場所である。虐殺時に断水が起こった際に、下の写真に見えるプールの水で脱水を防いだと言われている。

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ジェノサイドは20年も前のことなのでさすがにホテルの様相も変わっているが、どことなく映画で見たホテルの面影があるように感じる。

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現在は外国人も多く滞在する一流ホテルとして運営されており、内装もとても綺麗で雰囲気も良い。いつか泊ってみたい。