Critical Thinkingを"批判的思考"と訳した人は罪深いと思う

Critical Thinking=批判的思考?

"Critical Thinking"という言葉を最初に"批判的思考"と訳した人は罪深いのではないか、と思う。

英国留学時代、徹底的に鍛えられたのは、英語でもなく、専門科目でもなく、間違いなくCrithical Thinkingだ。"Critical Review"、"Critical Reading"、"Critical Thinkig"という言葉を聞かない日はなかったぐらいに、どの授業でもあらゆる教授が常に"Critical"を強調していた。「もっと"Critical"になれよ」と。「当たり前の"前"から考えなさい」と。

あまりにも日々触れるキーワードなので、そもそも”Critical Thinkingとは何か”について自然と考えるようになった。

多くの英日辞書ではCritical Thinkingを"批判的思考"と訳している。

当時留学したばかりの私は、批判的思考について非常に浅はかな知識しかなかった。日本人の感覚として、「批判的」にはどうしてもネガティブなイメージが付きまとう。 

"批判的にレビューしなさい"と言われれば、「対象をいくつか否定したうえで、ちょっと褒める」、みたいな感じだった。つまり、良い点と悪い点を述べることがCritical Reviewだと思っていた。Critical Thinkingについても同様で、現存の社会や制度に対する良い点と悪い点について考えることが、まさに”批判的思考"だと考えていたのだ。

Crithical Thinkingを鍛えるのに重要なのは"対話"

ご存知の方も多いかもしれないが、米国や英国の授業では日本の授業のような、講師が一方的に喋り続けるいわゆる受動的な授業というのはあまりやらない。むしろ学生に話させ、それについての意見を他の学生から求めるという非常に"対話"を重視する授業が多い。

この"対話"というのが、実はCrithical Thinkingを鍛える上でとても重要だったりする。

”モノの見方”というのは往々にして個人が持つ知識や経験、つまりこれまで受けてきた教育や育った環境によって左右される。つまり100人いれば100通りの"モノの見方"があるのだが、対話を通してそれらを交差させることができる。対話は自らの考えを言語化し相手に伝えることだけでなく、他者の言語化された言葉を自らの知識と組み合わせて新たな知を構築できる重要な学びのプロセスだ。 

Critical Thinkingとは

Critical Thinkingは「批判的思考」と訳すよりも、”複眼的思考”という訳の方がしっくりくる。Critical Reading もCritical Reviewも結局、「こういう見方もあるよね?」「こんな考え方もあるよね?」「それってこういう視点から見たら少し見え方変わるよね?」のように、様々な視点で対象を見つめることだからだ。

"複眼的"と表現した方が、分かりやすい。

よってこれからはCritical Thinkingを”複眼的思考”と訳しましょう。以上!