ルワンダのジェノサイドに見る教育の重要性について

ルワンダのキガリ市内にあるジェノサイド記念館に行って来た。

これで通算4回目になる。

f:id:eternalsekai:20181028181225j:plain

来るたびに思うが、この美しい街並みのルワンダで、そして温厚なルワンダ人が、なぜジェノサイドという悲劇を迎えることになったのか。考えるたびに、我々人間誰しもが内に抱く潜在的な暴力性と、環境が整うことで発揮される組織の強力な力への不可抗力性に、自覚的にならざるを得ない。

今、現職のカガメ大統領が負の歴史を清算し、新しいOne Rwandaを目指して様々な政策を推し進めている。彼の強力なリーダーシップの下、人々は希望を持ち、前進している。

しかし虐殺を経験した者のトラウマは容易に消えるはずがなく、一方は殺された恨みを生涯抱えながら、あるいは、いったい人生に、歴史に、何が起きたのかを未だに消化できずにいる。他方で組織の力に負けたと言っても、自らの暴力性を曝け出し、取り返しのつかない罪を犯した者たちの中には、良心の呵責に苛まれ、いつ報復されるのだろうかと怯えながら暮らしている者もいる。

いずれの立場にせよ、虐殺が起こったのは事実だが、問題は、この事実を、歴史を、誰がどのように教えるのか、ということだ。また、虐殺が起きる前、ルワンダの人々は何を教えられ、学んできたのだろうか。

2013年に発刊されたInternational Journal of Education and Researchに掲載された論文「The Role of Education in Combating Genocide Ideology in Post-Genocide Rwanda (Faustin MAFEZA)」にはルワンダの教育の歴史が綺麗にまとまっているのでぜひ以下紹介したい。

植民地下におけるルワンダの教育制度

ルワンダでの公教育制度は、キリスト教宣教師が訪れるまでは非公式的なもので、村の村長や長老たちが、物語や舞踊などを通じて子供たちに道徳的、社会的価値観を教えていた。1900年にルワンダを訪れたカトリックの宣教師たちが、ルワンダに最初の学校を創設した。ルワンダはドイツとベルギーの植民地だったが、ベルギー植民地時代に公教育の一定のカリキュラムが整備された。

当時、学校の設立と運営を任されていたのは宣教師たちだったが、彼らは植民地下の教育制度の中で"ツチ族"と"フツ族"の違いを強調して教え、その違いを学校内外にも広めていった。

1962年にルワンダはベルギーから独立し、グレゴワール・カイバンダが初代大統領に就いた。しかし、彼は積極的にツチ族を排除する政策が取り、民族的な違いを強調する造られた虚偽の歴史を教育カリキュラムに組み込んでいった。

1973年にジュベナール・ハビャリマナが大統領に就くと、彼は"公教育法"を策定し、初等教育から中等教育以上への進学は、試験の結果や継続的な評価、民族的、地域的、性別などの基準によって審査し、判断されるべきだと既定した。実際には審査の結果は公表されないことが多く、この教育法はツチ族の学生に対する差別の執行の目的でのみ利用されていた。

http://www.cnlg.gov.rw/fileadmin/templates/documents/The_role_of_Education_in_Combating_Genocide_Ideology_in_Post-Genocide_Rwanda.pdf

ご存知の通り、ハビャリマナ大統領の暗殺を発端に悲劇の虐殺が始まったが、虐殺は一夜にして起きたわけではない。これまでルワンダの歴史を見てきたように、大虐殺が起きる前、ルワンダで行われていた教育は、虐殺につながる憎悪のイデオロギーを伝授する教育であり、歪んだ民族差別主義を助長する教育を国民の多くが受けていた。

教育は人を創る、というが教育は知識を授けるだけの場所ではない。それは学び手の人格や価値観にも大きな影響を与えていく。

ジェノサイド後の教育改革

大虐殺の後、ルワンダの教育制度は大きく変わった。教育省の国家カリキュラム開発センターは小中学校の新しいカリキュラムを作成し、"‘Rwandanness"という概念を教え、ツチ族フツ族ではなく、我々はルワンダ人なのだというアイデンティティーを持たせる教育を目指すようになった。

中等教育では平和と団結の教えに重点を置き、差別や排除ではなく、自由に共生することを学ぶようにした。起こった悲劇を繰り返さないよう、平和と寛容を促進するカリキュラムが作成された。"なぜ虐殺が起きたのか"、"今後同じ悲劇を繰り返さないために我々はどうすべきか"、そういった問を学生に投げかけ、差別主義や過激な民族主義の恐ろしさを教える。そしてより平和や寛容、団結と和解の重要性を教えていく。

高等教育レベルでも、ルワンダ国立大学のCenter for Conflict Management (CCM)でGenocide Studiesという虐殺を専門に扱った修士課程コースが開設されている。ここでは国内外の学生が集い、ルワンダのジェノサイドだけでなく、ナチスのホロコーストなどについても学ぶ。http://www.cnlg.gov.rw/fileadmin/templates/documents/The_role_of_Education_in_Combating_Genocide_Ideology_in_Post-Genocide_Rwanda.pdf

教育とは端的に言って、人を変えること、人に変化をもたらすことだと思う。それは良い方向に変えることもあれば、間違った方向に変えることもある。もしそれが間違っていたとするならば、勇気をもって立ち返ることが大切だ。30年後、50年後、100年後、あるいはそれ以上の未来を見て、どのような世界を築きたいのか。どのような人材を育成したいのか。教育のアウトラインを描き始めるのはそこからだ。