XJAPANが教えてくれたこと#ずっと紅に染まりたかったのかもしれない

2018年9月29日に念願だったX JAPANのライブ「紅に染まった夜」に参戦した。

X JAPANに出会ったのは私が高校1年の時。ちょうど後ろの席に座っていた友人Y君から勧められた。Y君はジャニーズにでもいそうな端正な顔立ちをしていて、軽音楽部に所属していたが教室でもよくギターを弾いていた。

僕らの席がたまたま近かったこともあり、Y君は僕の高校生活の最初の友達になった。ある時ふと、イヤホンをしながらリズムを微妙に刻むY君の姿が気になった。一体何を聴いているのかと尋ねたところ、XJAPANだよ、そう返ってきた。これが僕がXJAPANに出会った瞬間だった。

彼のイヤホンを借りて聞いた曲は"紅"だった。初めて紅を聴いたとき、僕は文字通りしびれた。当時多感で人生に迷っていた僕の心が、内にあるエネルギーを放出することで行き場のない思いを表現するXJAPANの音楽に妙に共鳴した。それ以降、高校では毎日のようにXJAPANを聴いた。当時はまだ解散してから再結成する前の時期だったので、解散前やインディーズ時代の彼らの曲をよく聴いた。

Xが復活したと聞いたときは、伝説が地上に現れた瞬間だと思った。解散、復活、メンバーの死、TOSHIの洗脳など、壮絶な歩みを続けてきたXJAPAN。メンバーの人生そのものが彼らの音楽に現れているようだった。いつか必ず生ライブを見たい、と思い続けて10年。ようやくwish listが叶った。

ちょうど今年7月にTOSHIの「洗脳」を読んでいたので、華やかな舞台裏で起こっていた彼らの事情に思いを馳せながらライブに臨むことができた。

洗脳 地獄の12年からの生還

洗脳 地獄の12年からの生還

 

生ライブは、最高に尽きる。YOSHIKIの生ドラム、TOSHIの生歌、SUGIZOのセクシーなヴァイオリンまで聴けて大満足だった。しかしTVやYoutubeではビジュアル風に作り上げたファンがライブに参加しているのを見て、僕も人生初の化粧をして気合いれて行くも、周りは結構フェス的な雰囲気の人が多くて若干浮てしまった。大衆化したということだろうか。まぁそれはそれでいいのだが。ビジュアル風の人もいたし。f:id:eternalsekai:20181018134254j:plain

Xはいろいろな形容詞・代名詞で表現できると思うが、僕にとってXは"規格外"だ。紅白に出ても、Mステに出ても、常にその空気感が他を圧倒している。文字通り、"次元"が異なっているのだ。

高校生の頃、こうした規格外のXに惹かれ、いつしか"規格外"というものが自分の中でテーマになったように思う。僕に音楽センスは無いものの、何をやるにしても、中途半端ではなく、"半端なさ"を目指したいと考えるようになった。

いま時が経ち、"規格外"を目標にしていたあの頃から、いつしか"無難な選択"をしていないだろうかと自分を顧みた。僕が参加したライブの翌日、この日はライブ最終日だったが生憎の台風で急遽公演中止に。まぁ運営サイドは無難な選択だろう。しかしそこで彼らが選択したことは、前代未聞の無観客ライブ。あぁ、やはりXはいつまでもXだった。彼らはいつまでも規格外なのだ。伝説は今なお生き続けているのだと実感した。
XJAPANが僕に教えてくれたこと再確認した瞬間だった。

こうしてwish list が達成される度に、死に近づいていくのだろう。。

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