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今ホットな世界のシリコンバレー

イノベーションの聖地、米国シリコンバレーの歴史

イノベーションの聖地と言えば、米国サンフランシスコにあるシリコンバレーが有名だ。シリコンバレーはApple、Google、Intel、Adobe、Facebook、HPなど、世界的なIT企業の集積地となっており、他にも多くのイノベーティブな企業がここから誕生している。

シリコンバレーの歴史は第2次大戦まで遡る。

ご存知の通り、第二次世界大戦中、一時はドイツがヨーロッパ全土を占領しており、大戦に参戦した米国や英国は、自国の戦闘機がドイツの高性能レーダによって次々に撃墜されていった。ドイツはこの高性能レーダーによって、米国や英国の戦闘機が自陣に侵入する前に捉え、レーダーと連動した迎撃機によって敵陣の戦闘機と撃墜していった。

こうした背景から、高性能なレーダー技術を確率することが急務となり、連合軍はドイツ軍のレーダー技術を盗み出し、レーダーを分析し、ドイツ軍のレーダーをかく乱させる装置を研究するようになる。

このレーダーの研究はハーバード大学で行われた。研究の結果、銀紙にレーダーの電波を妨害する効果があることがわかり、チャフ(電波欺瞞紙)と呼ばれる大量の銀紙を空から撒くことでレーダーを妨害し、ドイツ軍のレーダーをかく乱させることに成功した。

さらに特記すべきなのは、これまで軍が必要な武器を科学者に注文し、開発させていたのを戦時中は科学者のオーナーシップでどのような武器を作るか研究し決定していたことだ。

ハーバード大学でレーダーの研究が行われていた時に研究所長を務めていたのが「シリコンバレーの父」と呼ばれるフレデリック・ターマン教授だ。ターマン教授はもともとスタンフォードで研究していたが、戦時中はハーバードへ派遣され、研究所長を務めた。大戦後に彼がスタンフォードに戻ったとき、当時無名で乏しい研究資金しかなかったスタンフォードから、職を求めて東海岸に移っていく多くの卒業生をみて、ターマン教授はスタンフォード自体が成長する必要があることを強く感じた。こうしてターマン教授は当時一緒に研究していたハーバードの仲間を11人引き抜いてスタンフォードに呼び寄せ、電子工学分野を中心に研究を進めた。

そこでターマン教授は、スタンフォードでは「開発した技術・研究成果を自由に学外へ持ち出して良い」「研究は大学でやるが、武器製造は学外でやるべきだ」という驚くべきオープンな施策を取り入れた。

ターマン教授は、大学教授がベンチャー企業の役員になることを推奨したり、また、学外から有能な人物や企業を積極的に大学へ誘致した。

こうした施策によって、スタンフォード大学は研究を行い、その研究をもとにベンチャー企業が武器を開発・製造し、それを政府が購入する、という構図が出来上がった。この構図こそがまさにシリコンバレーの起業文化の起源である。

上述したように、第2次大戦中や冷戦初期は、スタンフォードの研究とそれを取り巻くベンチャー企業の関心はもっぱら武器の開発・製造だった。ところが、ソ連の人工衛星の打ち上げ成功を機に、米国政府は科学技術への投資を積極的に推奨するようになる。これによってベンチャー・テクノロジー企業への政府・民間双方における投資が急速に増え、起業と投資の循環が形成され、現在のシリコンバレーができあがっていった。

シリコンバレーに倣った世界のイノベーション施設

シリコンバレーと聞いて、僕が真っ先に思い浮かべるイメージは"イノベーション創出の地"だ。こうしたシリコンバレーの成功モデルを各国にも展開しようと、近年様々な場所でシリコンバレーを模倣したイノベーション創出の環境が整えられている。

それでは早速、世界各国の様々なイノベーション創出エコシステムの事例を見ていこう。

人材に富む北京(中国)のシリコンバレー、中関村

f:id:eternalsekai:20180925092309j:plainwikipediaから引用

中国を代表するシリコンバレーと言えば、まず挙げられるのが北京の中関村だろう。

レノボ・グループ(連想集団)をはじめ、Founder、UFsoft、HanWang、Sinovac、Sohu、Sina、Baidu、Vimicro、Aigo等の2万近くのハイテク企業やスタートアップ企業の集積地であり、また、北京大学、清華大学、中国人民大学や北京理工大学などの中国の名門大学も中関村から近い。(余談だが、米国のハーバード/スタンフォード、日本の東大/京大、英国のオックスフォード/ケンブリッジなどと異なり、中国のトップ1位、2位を争う北京大学、清華大学が同じエリアにある、というのは世界的に見ても珍しい。)

もともと中関村の科学研究者、特に「中関村の父」と呼ばれる陳春先教授らが、シリコンバレーに触発されて中関村に先進技術の研究・開発施設を設立したことに始まり、次第に中関村一帯に起業や投資を促進する環境が整えられるようになった。

中関村の特徴は何といってもその人材の豊富さだ。先にも述べたが、中関村周辺には北京大学や清華大学などの中国のエリート校が立ち並び、名門校のOBたちのネットワークの活用やOBからの出資を受けるなど、学生のうちから起業する機会がいくらでも転がっている。中国では大企業の一社員よりも、小さくても起業してオーナー(経営者)になるという気風があり、中関村の起業熱に拍車をかけている。

中国のもう一つのシリコンバレー、

中国のシリコンバレーと聞いて、深圳を真っ先に思い浮かべた人も多いだろう。最近では中国のシリコンバレーと言えば、どちらかというと深圳を想起する人の方が多いかもしれない。中国南部の広東省深圳では、いま多くのスタートアップ企業が密集し、世界中から注目が集まっているホットな場所の一つだ。

ホーチミン(ベトナム)がASEANのシリコンバレーの地位確立を目指す

ご存知の方も多いかもしれないが、ベトナムは政府主導で科学技術省を中心に、「シリコンバレー・プロジェクト」を展開している。これまでのソフトウェアの"アウトソーシング"というポジションからデジタル分野における主要なテクノロジー・ハブ国家に転身しようと試みている。

さらにサイゴン・シリコンシティ社(Saigon Silicon City)は、ホーチミンにシリコンバレーをモデルとしたIT企業の集積地を研究開発(R&D)センターが着工された。

アジア最大級のIT都市、ベンガルール(インド)はやはり熱い

アジアのIT国家を象徴する国といえば、インドだ。インド=ITというイメージを持たれている人も少なくないはずだ。特にインド第3の都市、ベンガルールはアジア最大のIT産業集積地としてITサービスの輸出に大きく貢献している。ベンガルールは元々バンガロールという都市名だったが、2014年11月から正式に名称が変更された。ムンバイ(旧ボンベイ)、チェンナイ(旧マドラス)、コルカタ(旧カルカッタ)同様に、旧イギリス植民地時代につけられた名前から現地語の名称に戻す動きの中で、バンガロールもベンガルールに変更されたのである。

ベンガルールはインドのIT最大手企業であるTCS, Wipro, Infosys, Satyam, HCLのうちWiproとInfosysの本社がある。また残りの3社についてもベンガルールに支社を置いている。インド国内に約5000社存在すると言われているスタートアップ企業の多くベンガルールに集中しているとされており、まさに「インドのシリコンバレー」と呼ばれている。

ベンガルールがこうした「インドのシリコンバレー」となった背景には、米国シリコンバレーで成功を収めたインド人起業家・大企業幹部らがベンガルールへ拠点を置いたことにより、その結果としてこの地に進出する米国企業が増えたことなどが理由として考えられています。また、逆にベンガルールの地で起業したインド人起業家がその後に米国シリコンバレーへと渡るなど、スタートアップ企業の米国-インド間の横断によってスタートアップ環境が活発化し、ベンガルールに様々なハイテク企業が集積する原因にもなっています。

日本にシリコンバレーは存在するのか?

日本にシリコンバレーは存在するのか?

日本には上述したようなシリコンバレーに当たる場所は現在のところ存在していないが、パッと思い浮かぶのはIT企業の集積地となっている渋谷だろう。

2019年5月にはGoogle日本法人も六本木から渋谷へとオフィスを移転し、サイバーエージェントやLINE,DeNAeNAなど成功したスタートアップ企業が本社を置く日本で最も熱い場所の一つだ。渋谷は英語に訳しシリコンバレーならぬ"bitter valley"と呼ぶ人もいるのだとか。

もう一つ日本で個人的に面白いと思っている場所は福岡市

福岡は東京23区と政令都市の中で開業率No.1となっており、日本で最も起業しやすい都市となっている。こうした起業家を支援するプラットフォームとして利用されているのが福岡市スタートアップカフェだ。学校施設を改造して建てられたこの施設では、コアワーキングスぺースの利用やメンターへの相談など、起業の準備や相談ができる空間となっている。

今、スタートアップやイノベーションなどがバズワード化しているが、こうしたバズワード化され、注目されている今この時こそ、各企業・関連プロジェクトにとっては資金調達のための大きな機会と言えるだろう。